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日本人と「ごはん」と「福耳」の会


日本人から「福耳」が消える日

5-1病気を『悪』と見るか『善』と見るか

 

病気

【5-1】

現代西洋医学は、『身体に表れた不快な症状を病気』と捉えます。

一方の東洋的な療法や日本の食養では、『症状は病気を治す為の証』と捉えます。

ですから、漢字の症を『病を正す』と書きます。

では、何故、この様に真逆と言うか、反対の概念へと繋がるのでしょうか。

これは既にお話した通り、肉食思想を基に持つ西洋人(欧米人)と穀菜食思想を基に持つ東洋人や典型的な穀菜食民族の我々日本人との、風土の違いから生まれたFOODの違いを基にした『自然観の違い』から端を発しています。

これらの根本的概念の違いは、その民族の『食性』の違いと思っています。

狩猟民族から発展した肉食思想は、その根底に『自然界を敵視する様な二元論的概念』へと繋がりました。

農耕民族であり典型的な穀菜食思想を持つ我々日本人は、その根底に『自然界と一体となり、自然界に溶け込む様な一元論的概念』へと繋がりました。

この違いがあらゆる分野に現れていて、当然、医学の分野でも現れますし、

必然的な結果と思います。

この二元論は、科学や化学、先端技術などの機械文明と呼ばれる様な世の中を便利にする事に優れ、『人工的な機械の世界』には物凄い威力を発揮しますし、

二元論的発想が無いと機械的な進歩は絶対に望めません。

一言で言うと、「快適で便利でいい世の中」になりましたし、とても有難い事と思っています。

ただ、現代の医学は、人工的な機械の世界である二元論一辺倒になってしまっていて、目に見えない東洋的な考えを否定し続けてきたところに大きな問題があると考えます。

本来、医学とは生命体の世界であって体質の変化から起こる生活習慣病などは、一元論を基にする目に見えない『命』や『心』、『氣』、『宇宙波動エネルギー』などを考える東洋的な経験的医学も必要と考えております。

ですから、古代のインドや中国で生まれた、『氣功』や『ヨーガ』、『鍼灸』、『経絡』、『陰陽論』『東洋医学や東洋哲学』、『日本の食養や手当法』など、経験的医学や治療法が沢山あります。

この目に見えない命を持つ生命体は、人工的な機械の世界とは真逆の関係にあると考えますが、いかがでしょうか?

これだけ機械の世界が発展してしまうと、誰でもこの科学技術や先端技術を駆使すれば、今は治らない病気もいずれ近い将来は治るだろうと思う様になってしまうと思います。

しかし、体質の変化からくる生活習慣病などの慢性病に対して、外科的手術や放射線治療、薬物療法などの『対症療法』ではその根治は望めませんし、より病気を複雑化させてしまう可能性が高くなってしまいます。

それは、対症療法により、体質の変化から起こる慢性病である生活習慣病の症状を抑えたり止めたりする事が主流になるからです。

血圧が高ければ降圧剤、熱がでれば解熱剤、炎症や痛みには消炎鎮痛剤、細菌には抗生物質、皮膚病にはステロイド剤と病気や症状の理由を考えずに直線的に、症状を早く消す事や症状の反対方向へ身体を向かわせる事に重点を置きます。

精密機械検査や血液検査、ビックリ仰天する様な先端技術的医療検査により病名を断定し、それに対しての対症療法となります。

ですが、アトピーなどでステロイド剤を処方された方々の中に、どんどんクスリが強くなっていった事や、その副作用を経験された方が多いのではと思います。

対症療法が悪いと言っているのではなく、この辺に薬物療法の限界を感じてしまうのですが、いかがでしょうか?

現代西洋医学の二元論を基にした対症的な療法は、善と悪、良い悪いと明確に決めたうえで、必然的に悪い部分をやっつける方向へと向かいます。

人間は善で病気が悪、善である人間様に悪である病気が何故か出来たので、早くやっつけようと、攻撃的な治療法が中心になってしまいます。

人類にとっての究極の敵である癌に対しては、『癌を殺す』、『癌をやっつける』、『癌を乗り越える』、『癌を叩く』、『癌を食い止める』などの言葉使いとなります。

早期発見、早期治療は、『早期発見、早期毒殺』へと発展します。

一方の農耕民族的な全体療法や自然療法、根本療法は一元論を基にしていて、現代西洋医学が病気と呼んでいる症状を、その症状を通してその人の身体を修復しようとする現れと捉えます。

所謂、恒常性(ホメオスタシス)の現れと考え、有難い事と捉えます。

生活習慣病の典型である癌もまた、『善』となります。

熱が出れば、その人に必要があって熱が出たと考え、むやみに熱のみを下げるのではなく、逆に、発熱を穏やかに促進させる様な方向へと向かいます。

発熱、頭痛、痛みなどのあらゆる不快な症状は、その人に必要があって現れている事と考え、その全体的な原因である『血液の汚れ』や『低体温』を改善しようと身体自身が働き掛けていると考え、『排毒現象』と捉えます。

そして、「あなたの生活は間違っていますよ」、「早く生活習慣や考え方を変えなさい」と言う天の声と考える様に進化しました。

目に見えない病気の理由や原因を一元論や循環論を基にして、自然界の法則や経験と照らし合わせて因果律で考える様になりました。

東洋では古代から、気の遠くなる様な長い人体実験を繰り返し続け、経験的に

「因果律」として割り出す様に進化発展してきました。

その結果、全ての症状を『善』と捉え、食事を中心にその人の生活習慣や人生観を自然界の法則に順応する様に導く事になります。

自分の生活習慣が基で生活習慣病になった訳で、治すのもその本人以外には無いと考える様になります。

残念ながら、この自然療法や全体療法に於いては、目に見える成果が出るのにかなり時間が掛かってしまいます。

しかし、二元論を基にした現代西洋医学の薬物療法は、生活に支障をきたす様な炎症や痛み、熱、アトピーなどの不快な症状をあっという間に消してくれます。

その本人にとって、目に見えた形で存在した不快な症状が、石油から作られたクスリにより目に見えた形で消えて無くなります。

そうなると、誰でも「医学って、凄いなぁ」、「西洋医学は凄いなぁ」、「やっぱり病気になったら医者が一番」、「病気は医者でないと治せない」、「病院に行くなら、大きな病院がいいなぁ」などと思う様になるのも当然と思います。

しかし、それは、対症療法とわきまえて頂きたいと思います。

病気を治さないから対症療法と呼ばれ、対症療法だから不快な症状をクスリの力で強制的に抑え込む事が出来るのです。

同じ言葉を繰り返しますが、対症療法が諸悪の根源などと言っている訳ではありません。

人生は山あり谷ありで、何が起こるか分かりませんし、その人が持つ人生観や生活習慣や経験的な考えなど、人それぞれで判断が変わってきます。

西洋医学一辺倒の人もいますし、クスリの飲み過ぎは身体に良くないと考える人もいますし、自然療法中心でクスリは最低限と考える人など様々と思います。

ただ、一言付け加えたいのは、『石油から精製されたクスリは毒』であると言う事実です。

5-2クスリは『毒』

薬

【5-2】

一昔前の薬理学の教科書に『クスリは毒である』と一番先に書いてあったと聞いた事がありますが、現代の教科書も同じかどうかは分かりません。

ただ、対症療法は常に副作用を伴ってしまいますし、また、その使用量に比例してその人の腎臓や肝臓に負担を掛け、そして低体温にも導いてしまいます。

かなり前に聞いた話ですが、昔の内科医はクスリが毒である事をよく理解していて、不定愁訴を訴えている患者の為を考えてまずは、効き目の弱いクスリから処方していた様です。

例えば、その人が風邪からくる何等かの痛みや熱などの場合、その人の自然治癒が遅れて治りは遅くなってしまうが、その痛みや熱をある程度緩和させる様なクスリを処方していたと。

クスリの副作用や自然治癒力を考えながら、その頃合いを見ながらクスリを段階的に替えて行ったと聞いた事があります。

しかし、現代はその反対で、最初からエース級のクスリを処方されるお医者さんが多くなっている様です。

また、クスリ自体も昔に比べ強力な薬物になってきました。

今は、患者さん側も早く不快な症状を消してもらいたいと考え、また、不快な症状が消えた事で病気が治ったと思ってしまっていて、クスリを飲んで目に見えたクスリの成果が早く出ないと、「あの先生はやぶ医者だよ」などと言われてしまうので、処方されるクスリも最初から『よく効くクスリ』となってしまいます。

しかし、このよく効くクスリは副作用がとても強く連続的に使用すると、見えない処で腎臓や肝臓などを徐々に弱体化させてしまい、結果的に、その人の生命力を弱めてしまう方向へ向かってしまいます。

また、西洋的な足し算思考の為、一度に沢山の種類のクスリを処方される場合がよくありますし、大病院になればなるほどその傾向が強くなると思います。

私の非常に親しい友人の話ですが、こんな事がありました。

友人曰く「私ねえ、この前、OO皮膚科の先生が名医と聞きつけて行ってみたのよ。そしたら、二十数年間悩んでいた首の処の皮膚病がその先生のクスリで治っちゃったのよ。この二十数間に色々な皮膚科の先生に掛かったけど、どの先生のクスリも効かずにいたのよ。きっとあの先生は名医よ。」と。

この場合もですが、殆どの方が二十数年間の皮膚科の先生方が『やぶ医者』で、悩んでいた皮膚病を綺麗に消えて無くしてもらった先生を『名医』と思うと思いますが、いかがでしょうか?

別の方向から、現代の対症療法的なクスリを考えてみたいと思います。

西洋医学を基に出来上がった薬物療法は、副作用の伴う攻撃的な療法になり、

その殆どが体質の変化から生まれた生活習慣病や体質病に処方されます。

薬物療法はクスリの力を使い、強引に症状を押さえつける事に重きを置きます。

滅多にクスリを飲まない人や病気に縁が無い人には全く訳の分からない話ですが、常に、何等かの不定愁訴や病気で、薬物療法を受けておられる方々のお話です。

例えばですが、また、イメージしてみて下さいませ。

身体を『吊り棚』と考えます。

体質の変化から起こる不定愁訴や病気の症状に対してクスリを使うと言う事は、『今の不定愁訴を無くしてしまおう』と言う対症療法に繋がります。

クスリの力で強引にその症状を消す事は、今起きている症状を『クスリの力で手っ取り早く、身体の奥のそのまた奥の方にその原因を抑え込んでしまう事』になります。

常にクスリを飲んでいる方は、その度に、その症状である『身体に溜まった毒素を体外に出す為の排毒現象を抑え込む事』に結果的に繋がってしまいます。

クスリの副作用と同時に、身体から排毒する予定の毒素が溜まり続ける事になってしまいます。

仕事でストレスが溜まるとイライラしてきますし、ある程度を超えると誰でも『ガス抜き』をしたくなります。

普段はお酒を飲んでも静かにしている様な人でも、その人の許容範囲を超える様なストレスが溜まり続けると、人によっては考えられない様な行動をしたりします。

極端な話、裸踊りをするかもしれません。

その人の許容範囲を超え続けると防衛的に、誰でも『プッツン』する訳ですし、典型的な排毒現象であり延命反応です。

これと同じ現象がクスリでも現れますし、これこそ自然界の法則となります。

クスリで症状を抑えるという事は、今現れている不快な症状を『一時、吊り棚の上に置いておきましょう』と言って身体の奥に毒素を押し込む様なものです。

クスリに縁がある人は、その都度、身体の奥に病気の原因である毒素を押し込む事になり、どんどん圧縮されていきます。

別の言い方をすると、吊り棚の上に抑え込んだ原因をその都度載せて行く様な感覚で、吊り棚がその重さに勝っている間はいいのですが、その人の許容範囲を超えた時に、いっきにその吊り棚が崩れ落ちます。

まるで、極度のストレスから飲酒中に『裸踊り』をしだす様なものです。

その時の症状は、以前より酷く現れたり、また、別の大きな病気へ発展して行く場合が多い様に思われます。

そうなると、『クスリの拡大再生産』へと繋がってしまい悪循環となり、

またそこに副作用も伴う様になってしまいます。

解毒器官である腎臓や肝臓などに障害が出始め血液を汚し、また、低体温を促してしまう結果となってしまいます。

クスリが絶対に悪いのでは無く、必要に応じてその瞬間的な効き目や効能を最優先する場合もあるでしょうし、対症療法を必要とする救急医療には絶対条件となります。

また、大事な仕事に穴を開ける事は出来ませんし、その場を凌ぐ為にクスリで抑え込む必要も出てくるでしょう。

言いづらい事ですが、その人その人で経験や歴史や人生観も異なりますので、最後はその人本人が決める事となります。

お医者様に全てを委ねる方や、別の方法や療法で解決の糸口を探す方など、

人それぞれとなります。

最近では、インターネットで色々な情報を得る事が出来ますので、『医薬品添付文書』を検索する事も、その人の将来を決める一つの大きな方法になるかもしれません。

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