玄米ごはんと福耳.com

日本人と「ごはん」と「福耳」の会


日本人から「福耳」が消える日

4-8農耕民族の目に見えない物と循環的思考

農業風景

【4-8】

古代の中国やインドを中心に、東洋思想や東洋哲学から生まれた『目に見えない法則や考え』が沢山あります。

我々日本人も、その影響を受けながら進化発展してきました。

その代表的な物として、陰陽論、五行思想、経絡、足裏の反射区、鍼灸などや気や丹田などの考え方があります。

この様な生命体に関係する考えや法則は、一元論的な自然観から発達する事が可能となり、残念ながら、二元論的な自然観からは殆ど生まれてきません。

狩猟民族から進化し続けた西洋人的な考え方では、この様な考え方や治療法は目に見えませんので対象外と言うか、とても苦手な部分の為に排除する方向へ必然的に向かってしまいます。

近代以降、西洋的な二元論一辺倒であらゆる物や考えが支配されている世の中では、「非科学的」とか「論理的説明が出来ない」、「目に見えないので実証出来ない」、「迷信」などと扱われ続けてきましたが、生命体を考える時の先人の英知である最も大事な一元論的法則や考えが今後、より重要性を増してくると確信しています。

さて、また大雑把ですが、農耕民族の生活をイメージしてみます。

例は何でもいいのですが例えば、村人が集まって夕食を済ませた後で、みんなで野外に出て雑談をしている様な状況です。

その中の一人が星空を眺めていて、夜空の中で動かない星がある事に気付いたとします。

この事を他の人に言うと、他の人達も本当かどうか見極める為に毎日星空を観察する様になります。

それも同じ村の中での観察となり、また数日して村人が集まった時にこの話が出て、何故一つの星だけが動かないのか、何故周りの星が同じ方向に動くのか

などと話題となります。

また、その村人の中には、中心から離れれば離れるほどその回転速度が変わる事に気が付く者が出てきます。

中には、星の明るさの違いに気付く者も出てきます。

これが星空の話題に加速を付けてまた、同じ村の中で各自が星空に興味を持ち観察する様に発展して行きます。

村の寄合や一緒に野良仕事をしている時でも、何等かの自然界に対しての疑問を持ち合う様になって行きます。

自然界には目に見えない力があると、経験的に感じ取っていた農耕民族としては、毎日の様に村人全員で自然界のあらゆる現象に対する関心を高めて続けて行ったと推測します。

この目に見えない力を持つ自然界に対する素朴な関心が、見えない力や見えない物を発見する土台となったのだと思います。

また、ある村人が偶々足の裏を揉んでみたら痛い部分と気持ちいい部分がある事に気付き、これを聞いた別の村人が自分の足で試してみると、その痛い部分と気持ちいい部分の場所が微妙に違う事に気付き、そこからまた、寄合や野良仕事の時でも村人がみんなで興味を持ってその先を考えるように発展して行きます。

非常に幼稚なイメージですが、一事が万事と考えます。

これが隣の村に伝わり、隣の村から別の経験的な何か事が入ってくるなど、隣村と交流する事により、どんどんとお互いに無限に広がる村々との交流へと発展して行きます。

ここで大事と考えるところは、『全てが村の中』で起こる事で遊牧民族の様に移動しません。

狩猟民族から遊牧民族へ発展して行った肉食民族は、常に移動を伴います。

恐らく、生き延びる手段が移動に掛かっていますので、農耕民族の様に毎日お互いに顔を合わせて同じ話題をし続ける様な事は、風土的な環境を考えても困難だったろうと推測します。

移動にエネルギーの多くを消費し、また、肉食民族の為に血の気が多く瞬発力が高かった彼らでは、農耕民族的な持久力的考察には不向きだったと思います。

この辺からも農耕民族は、毎日毎日と同じ事を同じ場所で繰り返しし続ける事により、その対象物が自然界の中での変化や自然界自体の変化、そして、生物である人間への変化や影響などを交差させ、世代を継承しながら観察し続けたのでしょう。

また、蒔いて刈り取る作業の繰り返しや、太陽が昇りそして沈む繰り返し、日本独特の四季の繰り返しなどの自然界の繰り返しの法則を考察し続ける事にエネルギーを使ったのだろうと推測します。

自然界の目に見えない力やその法則を考察し続ける事により、肉食民族には真似の出来ない農耕民族としての独特の発展に繋がったと思います。

中国の五行思想の中で、木(春)(肝臓) ⇒ 火(夏)(心臓) ⇒ 土(脾)(土用で季節の変わり目) ⇒ 金(秋)(肺臓) ⇒ 水(冬)(腎臓) の五つに分けた考え方がありまして、常に、矢印の方向へ循環しています。

他にも色や音、声、情、方角など沢山の分類がされていて、詳しくは、WEBでも簡単に検索出来ますので是非、調べてみて下さいませ。

とても勉強になると言うか、自然界の法則の素晴らしさを感じる事が出来ます。

この五行を循環的に考えると、『まず木(事業)を立てて、次に火の様な情熱で発展させ、土の様に土台を固め、金属の様に固めて収穫(利益を得て)し、最後に水の力で綺麗さっぱりと洗い流し、また木(事業)を始める』と言う様に常に循環していて、滞らない様になっています。

この『滞らない』と言う概念が、一元論を生み出してきた農耕民族の自然観では、とても大事な事になると思います。

また、易経(エキキョウ)の中に乾為天(ケンイテン)という話があり、その中に龍が出てきますが、これも滞らせない事の大事さを表していると思います。

最初に田んぼの中に『潜龍』がいて、やがて『見龍』になり、次に『躍龍』でその次に『飛龍』へ発展し、最後に『亢龍』になって終わります。

ここにも循環論的な意味合いが出てきますが、大雑把に言うとこんな感じです。

まず田んぼの中で力を蓄え(勉強)、次に田んぼから顔を出し見龍になって世の中を見渡し、そこで経験不足を悟り勉強し続け、次に躍龍になり力が格段に高まり飛龍となって天高く(出世して社長へ)飛び出します。

そして亢龍となります。

年を取ったらいつまでも社長の椅子にしがみついているのではなく、自ら清く身を引き、後から来る後輩に席を譲ると。

大雑把にこんな感じですが、専門家の方から見るとあまりにも幼稚な説明で怒られてしまいそうですが、この中でも循環する事の大事さが読み取れます。

また、日本人でも、明治時代初期の食養家である石塚左玄先生も、『春苦味、夏酢の物、秋辛味、冬は油と合点して食え』と言っています。

ここでも、大雑把に説明致します。

春は肝臓で排毒の季節になり、冬に溜まった体内の毒素の排泄促進に春に育つ『苦味を持つ食べ物』が有効で、次に夏は心臓で食欲がなくなり暑い陽性な季節の為に『酢の物』で食をそそり、また、身体を冷やす事により暑さを遠ざけ、秋は肺臓で乾燥の季節に入り呼吸器を弱め易くなるので辛味で肺臓の機能を高め、また、冬に向けて身体を温め、そして冬は腎臓で水の臓器になり、冷えにとても弱い為に魚などの油ものを多めに取り脂肪を付けて身体を温める様にします。

しかし、油ものは身体を温めますが同時に、毒素や老廃物をため込んでしまいます。

そこで春になり、『苦味の食べ物』が芽を出し始め、これを食べる事で排毒作用を活性化させ身体をリセットし、新しい一年に備える訳です。

如何に東洋的に見る自然界の法則、目に見えない力や循環の法則の素晴らしさを感じてしまいますが、皆様はいかがでしょうか。

森羅万象の全てにおいて不必要な物は何も無く、目に見えない力を基に全てが中庸と言うバランスを取りながら循環している事になります。

最新記事一覧


今後掲載予定の記事

  • 5-3対症療法と自然療法
  • 5-4病気で起きる症状は『排毒現象』
  • 5-5排毒現象は自然治癒力の現れ『延命反応』、止めるのは勿体無い
  • 5-6『ウン』がいい人は、『運』がいい
  • 5-7『万病一元、血の汚れ』
  • 5-8血液を汚し低体温化させる本命は、『食べ物』
  • 5-9病気の症状は浄血反応、健康な身体に戻ろうとする『延命反応』
  • 5-10酒やタバコは、『後押し』をするだけ
  • 5-11好転反応とは その一
  • 5-12好転反応 その二
  • 5-13吸収は排泄を阻害する
  • 5-14『同化作用』と『異化作用』
  • 6-1伝統的な粗食で中庸力を高めよう
  • 6-2毎日の食べ物でウンコが変わる
  • 6-3考え方だけを変えようとしても、なかなか心の問題は解決出来ない
  • 6-4土鍋や鉄鍋を料理に使いましょう
  • 6-5虫やばい菌の殺し過ぎではないだろうか
  • 6-6西洋人的感覚と日本人的感覚の違い
  • 6-7お茶の水クリニックの診察風景


ブログ:マクロビ家族 『ドタバタ奮戦記』

玄米ごはんと福耳.com-日本人と『ごはん』と『福耳』の会

TEL:090-2251-5993

©2014 日本人と『ごはん』と『福耳』の会 All Rights Reserved.

PAGE TOP