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日本人から「福耳」が消える日

4-4狩猟民族から遊牧民族や牧畜民族へ

遊牧民

【4-4】

ここからまた、かなり飛躍したイメージで話を進めさせて頂きます。

狩猟民族が進化し、砂漠や広大な原野を進む遊牧民族をイメージしてみます。

この狩猟民族や遊牧民族がイメージ出来ると、現代の高度な科学技術や機械文明、現代西洋医学の『先端医療技術の世界』がより分かる様になってきます。

遊牧民族や牧畜民族は、狩猟民族を長く経験して初めて、遊牧民族や牧畜民族になれると思います。

遊牧する為の絶対条件は、牛や馬、羊のどの動物の上に人間様が君臨しないと成り立ちません。

農耕民族の日本では、農作業用に農家で飼われていた牛や馬は、『家族の一員』

という様な位置づけで、ザビエルの手紙の通りだったと思います。

この支配的感覚が無いと遊牧民族にはなれませし、動物を食べる人間と食べられる動物の明確な上下関係が必要で、これが出来て初めて遊牧や牧畜の生活が可能となると思います。

この辺からも、二元論的思考へ繋がる基になったと考えます。

極論すると要は、動物を食べる人間様が『善』で、人間に食べられる動物が『悪』と進化発展して行ったと思います。

しかし、長い狩猟民族時代の中で既に、『動物を捕まえて、殺して食べる』という方法で生き抜いて来ましたので、当然、人間が動物を支配する基礎は出来上がっていたと考えられます。

またイメージして頂きたいのですが、例えば、砂漠や広大な原野を数十人の遊牧の民が数百の家畜を連れて移動している姿です。

移動するという事は、今まで陣を置いていたところが季節や気候などの風土の関係で動物に与える草や水を満たす事が出来なくなったり、また、草を取り過ぎずに次に残す為に、他の場所へ移動する必要性からと思います。

そこに水や草が一年中豊富にあれば、恐らく牧畜民族になっていたでしょう。

これからが本題ですが、砂漠や原野などの広大な大地を移動し始めてから数日から数週間たった時に道が二つに分かれていて、別れた二つの道が遥か彼方に続いている場面です。

この場面に同じ状態で遭遇した農耕民族の我々日本人だったら恐らく、みんなでどちらの道に進むか時間を掛けて話し合ったのでしょうし、明確な結論は出なかったのでしょう。

しかし、狩猟民族から進化した彼ら遊牧民族はそんな事はしなかったのでしょうし、する時間も余裕も無かったと思います。

遊牧民族にとって最も大事な事は、『トップは一人だけ』であり、所謂多くの『船頭』は必要なかったというか、逆に船頭が多いとその一族は統率を乱して家畜もろとも生き残れなかったのでしょう。

それだけ、過酷で厳しい風土だったと想像します。

ですから、道がAとBの二つに別れていた時に、そのトップである一族の長に決断を委ねるというか、命を託す事になります。

それはAかBのどちらかを即決する事で、決して今来た道を戻りませんし、今来た道には未来が無い事を全員が知っている訳です。

そうすると、そのトップである一人の人間の経験も踏まえた決断のみに頼る事になり、一旦決まるとその決断に全員が無条件で従う事になります。

要は、その都度必ず、『生死を掛けた選択』を余儀なくされ、行くと決めた道が『善』で、そうでない道が『悪』へと明確に決める様に発展して行きます。

正しいか正しくないか、白か黒かのどちらかしか無く、そこには農耕民族的なグレーゾーン(灰色)の入り込む余地は絶対にありません。

この辺からも日本人とは違い、西洋人の論理的説明で相手を論破して、自分の正しさ(善)を常に作り出す基になったのだと思いますし、欧米の『訴訟や裁判』の多さや弁護士の多さに繋がっていると思います。

また、選んだ道が正しいかどうかは、行ってみなければ分かりませんし、そこには最悪『生か死』のどちらか一つしか存在しない場合もあります。

一旦、リーダーが決めた道を歩き出したが、何日も何十日も経っても『目的の地』が出て来ない時でも、このリーダーが「やっぱり反対の道だったかなぁ」とか「俺、間違えたかなぁ」、「やっぱりこの道止めよう」なんて絶対に言わなかったと思います。

一度、正しいと言ったら最後まで正しいと主張し、絶対に間違いを認めない事がとても大事というか、この方法でのみで、砂漠などの過酷な風土を遊牧民族として生き抜き、各部族や一族が子孫を繋ぐ事が出来た唯一の方法だったのだろうと推測します。

たった一人のリーダーの絶対性やカリスマ性が、最重要条件だったのだろうと思います。

また、『リーダーが常にその行いや決断の正しさ』を、他の全員に示す必要があったとも思われます。

言い方を変えると、『間違いを絶対に認めない』と言う様に発展して行きます。

砂漠の日照りや砂嵐、行く道の途中には色々な危険や試練が待ち受けていて、一族の中には疑問視する人や病人も出てくるでしょうし、家畜も元気が無くなり死んでしまう家畜も出てくるでしょう。

今日の西洋人を創り上げた土台には、狩猟民族から始まり遊牧民族や牧畜民族へと常に、生死隣り合わせの危険で厳しい独特の風土がその背景にあったのだと思います。

元々、狩猟民族時代に、獲物に向かって前に進んで行く直線的感覚と、人間と自然、人間と動物、自分と周り、自分と相手などを考えた場合に、『自然界に打ち勝つ』、『獲物に打ち勝つ』、『周りに打ち勝つ』、『相手に打ち勝つ』などの二元論的感覚の基が出来上がりました。

そして、この狩猟民族から生まれた二元論的感覚が遊牧民族になり、更に進化発展して行ったと思います。

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