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日本人から「福耳」が消える日

4-3『目に見える物』と『目に見えない物』

 

合気道

【4-3】

今度は角度を変えて、この二つの方程式を見てみたいと思います。

全てにおいて大雑把ですが、狩猟民族的な『木を見て森を見ず』的な発想ではなく、農耕民族的な『森を見て木を見ず』的に話を進めて行きます。

要は、『ミクロではなくマクロ』になりますし、『結果的にマクロもミクロも一緒』へと繋がって行きます。

狩猟民族は原野で獲物を追い続けた関係で、西洋人は球技系や瞬発力系のスポーツを多く作り出しました。

例えば球技系は、ラグビー、サッカー、テニス、バスケットなどです。

瞬発力系は、短距離走やリレー、高跳び、幅跳び、水泳など。

そして農耕民族である日本人は、相撲、柔道、合気道、空手、剣道などです。

恐らくですが、西洋人が作り出した球技系は、『球は獲物』と考えれば話が見えてくると思います。

獲物を追いかけるところから『獲物であるボールを追いかける発想』へ簡単に変化し、色々な球技へ発展していったと思われます。

ですから、獲物であるボールを追いかけてゴールに向かって進んで行ったり、相手から奪い取ったり、相手方向へ打ち返すなどへ繋がったと思います。

また、陸上競技や水泳の様な瞬間的な瞬発力やスピードを重視した競技が多いのですが、これも獲物を獲得する為には如何に命がけの瞬発力や走る瞬間的スピードを必要としたかを推測することが出来ます。

また、ボクシングの様な日本の武道とはちょっと違い、肉体的な強さや勝ち負けをハッキリさせる競技を発展させてきました。

彼ら狩猟民族から発展した西洋人の潜在的な心底には、『速く見つけて、速く捕まえる』という死活問題的な概念があって、偶々、スポーツや競技の中に現れたのだと思います。

スポーツ以外には、現代西洋医学の中にも現れていますが、それは後で説明致します。

一方の我々農耕民族である日本人が生み出した相撲や柔道、合気道、空手、剣道などの様に人間同士がお互いに一対一の勝負というか、人間同士がお互いに組み合った『技』へ発展してきました。

傾向としては、『心を静めた状態の中での勝負』的なところを感じますし、『目に見えない精神性』を重要視していると思います。

しかも、『足を地に着けている状態』で、農耕民族の土着性というか大地を両足で踏みしめるというか、『大地に根を下ろす』とでもいいましょうか、農耕民族の色が出ていると思います。

武道的には、目に見えない『中心線』や『中心力』を重要視してきましたし、この中心力とは言い方を変えれば、『中庸』という『バランス力』の事と思います。

相手を吊り上げて土俵の外に出したり、相手のバランスを崩して投げたりなどは、相手の一番強い中庸状態を崩す事に重きを置いたり、剣術の上段から真っ直ぐに打ち下ろす場合にも、常に、その目に見えない自分の中心線を意識していたと思います。

また東洋では、目に見えない『丹田』を人間の中心と考え、そこに意識を集中させる事で生命力である『気』が高まると考えられてきました。

合気道では、『気を出す』事を別の言い方で表現すると、目に見えない丹田である『齊下の一点に心を静め統一する』と教わりましたし、このあたりでも『目に見えない物を追いかける東洋人の感覚』が、西洋人には理解し難い事となるのでしょう。

また、西洋で生まれたテニスや卓球、ゴルフ、野球などは利き腕を使い、左右不均等の動作になる傾向が高くなります。

全てにおいてその食性が基になり、穀物中心の全体食により、その心と身体が自然に『中庸』にあった為、日本の武術が無意識にその中庸であるバランス力や身体の中心である丹田の大事さに繋がったのだろうと推測します。

ですから、合気道もまた、左右両方で同じ技の型稽古を反復練習しますが、その左右片方でまた『表と裏』の二つの技が存在し、一つの型稽古で『四つの変化』を見る事が出来ますが、これを初めて見た西洋人は『ビックリ仰天』状態だったのだろうと推測します。

肉食民族の彼らには、全く考えられない概念ですので。

西洋人は狩猟民族時代より『目に見える獲物』を追いかけて、それを捕まえて食べて生き抜く様に進化発展してきた関係上、目に見えた形での得点形式(数値化)へ向かいます。

常に、目に見える部分の筋肉の強さやその破壊力や瞬発力などの物理的な力の違いを重要視している様に思います。

目に見える人間の力で、目に見える獲物を獲得し続けて生き抜いてきた為に、目に見える物を中心に考える様に発展して行き、逆に、目に見えない物を無視すると言うか考えないと言うか、排除する傾向になって行ったと思います。

逆に、我々日本人は、自然界の目に見えない大きな力で生かされている様な考えに発展してきました。

例えば、種を蒔くと『芽が出る』的な事を常に見ていると、自然に目に見えない生命力や気などに発展して行き、また、『自然界の目に見えない力に全てを委ねる』様な、農耕民族ならではの自然観へ発展させたと考えられます。

常に、作物の成長を同じ場所で見続けながら一緒に生きて来たので、その成長し発展していく姿に目に見えない力を重ねて見ていたのだと思います。

そこから、目に見える勝ち負けより目に見えない『心身の統一』や『天地一体』的な考えを創り上げたのだと考えます。

東洋的な考え方の一つとして、沖縄空手の先生がよく言っていた事ですが、『試合』はあくまでも『タメシアイ』と言っていましたし、競技としての試合は余り意味が無いとも言っていました。

しかし、西洋的に試合は、勝ち負けをハッキリと明確に決めるところに重点を置いている様に感じられます。

大雑把ですがこの辺からも、『肉体などの物理的に目に見える物にベクトルが向き易い西洋人と、心や生命力や気などの目に見えない物にベクトルが向く日本人』との、根本的な考え方の違いを感じる事が出来ます。

ヨーガや座禅、瞑想法や呼吸法及び合気道などに見る天地一体など、自分の心と身体を自然界と一体化させる事が目的で、目に見えない『気』や『宇宙波動エネルギー』との交流(循環)させる事で自然界に順応し自己を高める事が出来るという事を経験的に理解していたのでしょう。

目に見える物を追いかける西洋人から見たら、かなり理解し難い事か神秘的と映るのでしょう。

どちらが良い悪いのではなく、基本的にスタート時点の概念が違うという事を知っておく事が、これからの複雑な時代を生き抜く我々現代人には必要な事だと思っています。

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