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日本人から「福耳」が消える日

4-2農耕民族の持久力と忍耐力

農道

【4-2】

一方の我々日本人は、ハッキリとは分かりませんが縄文時代よりも前から、

粟や稗などの農耕が発達していたのだろうと思います。

穀物中心で野菜、木の実などの繊維が多い食べ物が増えると、その食性へ進化適応しようと腸が長くなり、何千年という長い年月を掛けて胴長に進化したのだと思います。

そしてまた、ここでイメージして頂きたいのですが、我々の祖先が田んぼや畑で農作業をしている姿です。

恐らくですが、家族や一族総出で田んぼや畑に行ったのではないかと思います。

そこには狩猟民族の様な身の危険に繋がるライオンやハイエナなどの猛獣はいません。

素早く動く危険な獲物である動物を取る必要も無く、ただただ農作業に専念していたと思います。

農作業の殆どが畑や田んぼを耕すとか、種を蒔くとか、収穫時期に刈り取るとかで、それ以外に重要な仕事は草取りや水の管理だったのだろうと。

かなり大雑把ですが、イメージすることが重要と思います。

そうすると、その時期その時期で同じ作業を繰り返し続ける必要性が発生しますし、毎年毎年、同じ事が続きます。

それも腰をかがめたりしゃがんだりを、一日中毎日毎日と続ける事になります。

草むしりやクワの様な物で荒地や畑を何日も何日も耕し続け、そこには瞬発力や攻撃力の必要性は殆ど無く、あるのは持久力と忍耐力になります。

下半身を安定させて農作業をし易い様に短足になり、また、身長を高くする必要性が無かったのでしょう。

何千年もの歳月を掛けて、農耕民族へ進化適応していったと推測します。

また、多人数で作業していて獲物に気づかれてしまう様な心配もありませんので、ジェスチャーの必要性は全くありません。

自分の意志を周りの相手にハッキリと伝える必要も無く、自然界に順応する様にお互いにも順応し合って共存していたと思います。

『和をもって尊しとなす』や『阿吽の呼吸』の様な感覚だったのでしょう。

穀物中心の全体食と通して持久力や忍耐力、土着性が自然と高まり、毎日毎日、みんなで同じ作業を繰り返し永遠にし続ける様な事が出来る様になった訳です。

尚、ジェスチャーについてはその民族の食性以外にも、歴史的に劣勢状態が多かった民族や、他民族に占領支配され続けた民族に多く見られると思います。

これだけを考えると、農耕民族は狩猟民族に比べて恵まれていて、『食うに困らない民族』と思われそうですが、実はその反対でこちらも子孫を後世へ繋ぐ事がとても大変だったと思います。

確かに、種を蒔けば芽がでますし、時が来れば収穫出来ます。

問題は、天候が良ければという事で、自然次第になってしまいます。

大雨、台風、干ばつなどの自然災害や、場合によってはせっかく蒔いた種が全て大雨で流されてしまったり、日照り続きで作物が枯れて全滅してしまったりと、こちらも生き抜いて行く事で精一杯だったと思います。

秋の収穫が基になって初めて長い冬が越せたと考えると、真冬に食糧が殆ど無くなり、ひもじさを耐え抜いて春を待った事も多かったのだろうと推測します。

特に日本列島は、世界的に見ても厳しい風土で自然災害や天変地異の様な大地震も多く発生し、稲作などに適した温暖な気候ですが毎年毎年、順調に収穫出来るとは限らなかったのです。

場合によっては、『一瞬で全ての苦労が水の泡』となってしまった事も多かったのでしょう。

そこでまたイメージですが、今年作物が取れなければ来年また種を蒔いて収穫しようと考えて、決してその土地を離れずに『じっと耐え忍ぶ事を選ぶ様な力』へと進んでいったのでしょう。

農耕民族の基本的概念の基は、『食べ物は自然界から与えられた物』と考え、狩猟民族の様な『自分の力で獲物を勝ち取る』という様な考えには絶対に発展して行きません。

ですから、狩猟民族の様に自分中心ではなく、自然界や自分以外の回りが中心になっていきます。

狩猟民族と農耕民族とでは、ベクトルの方向が真逆へ向かって行く事になりますし、全てに於いてここがとても大事なポイントになります。

狩猟民族や遊牧民族の自然観は人間と自然を切り離して考え、自然は征服する対象と考える様に発展して行きます。

例えばですが西洋人は、「我々は、エベレストを征服した」の様な言い方をよくします。

一方の農耕民族は、自然界からの恵みを頂いて『生かされている』と考え、決して人間と自然界を切り離しては考えません。

ご先祖様以、自然界という大自然の中に溶け込んで生きる事の重要性を悟り、とても自然界の上に人間がいる様な方向へは絶対に進みません。

日本の武道である合気道でも、『天地一体』という表現があって、これも農異耕民族の自然観の現れと思います。

必然的にスタートである自然観が違います。

狩猟民族は『二元論』へ、そして農耕民族は『一元論』へと発展して行く事になります。

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